プロフィール
氏名 | 綿貫 裕崇(Hirotaka Watanuki) |
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職業 | 株式会社インプレス デザイナー |
1973年生まれ。大分県大分市出身。 地元大分の鶴崎工業高校の産業デザイン科を卒業後、日産自動車株式会社にて車のデザイン設計をチームの一員となり担当する。 その後は印刷会社や、デザイン会社にて経験を積み、現在は、株式会社インプレスのデザイナーとして活躍。 商品のパッケージデザインから、店舗デザインまで幅広くこなし、日々『売れるデザイン』を追求されている。 別府から大分まで自転車(ロードバイク)で通勤されるており、自転車(ロードバイク)が大好き。 |
綿貫さん、はじめまして!本日はよろしくお願い致します。
早速ですが、まず綿貫さんの「hassh.in」を教えてください!
弊社『株式会社インプレス』はデザイン会社になります。
私はパッケージデザインやグラフィックデザインを作成したり、店舗などの空間的なデザインをしています。
店舗の空間デザインとしては、道の駅の店舗様であったり、大分空港の全面改装の際に参加させていただいたり、県外では大阪のタコ焼き屋さんや、山口のフードコートで店舗を作られる際に呼んでいただいたり、展示会等でブースのデザインをさせていただいたりしています。
元々は私がパッケージデザインが得意なんですが、それがどんどん離れていくと、販促物などのツール類まで結びついて、一緒にデザインさせていただくという感じですね。
変わった物だと、『お墓』をデザインした事もあります。
10年以上前なんですが、同級生が事故で亡くなってしまったんです。
凄く仲の良かった友人だったので、お母さんから「デザインしてもらえないだろうか。」
と、お願いされたのがきっかけだったんですよ。
サーフィンが好きだったので、グレーの石とブラックの石を組み合わせて、波が押し寄せるような階段を作って、砂浜をイメージして玉砂利を敷き、友人のモニュメントも胸板を厚くしてデザインしました。
ただ墓石には墓石のデザイナーさんがいて、その人達からすると「こんなデザインでは作れない。」という話になったんですよ。
そこは交渉をして、実際作ってもらったんですが、墓石って接着剤やボルトを一切使わなくて、石を組み合わせて乗せていってるだけなので、構造が理解できてないと作れないんですよね。
作り上がった後は、「いい勉強になった。」と言ってもらえて、僕が創造したデザインを、具現化してくれたので、良い物を一緒に作り上げれて感謝してます。
−−絵を書くデザイナーではなくて、『町医者』みたいな捉え方をしているんです。
私がデザインをしていく中で、一番基本としている物があります。
私は芸術家ではなく商業デザイナーなので、経済効果を与えて初めて生きてくると考えています。
いくら見た目が綺麗だったり、良いデザインが出来たとしても、売れなければ意味の無い物同然なんですよ。
それで「あの人に頼むと売れないから。」と、次の仕事も来なくなるんですよね。
幸い、弊社では実績を積む事が出来て、一緒にお仕事させていただく方も多いのですが、「10個の仕事を10個売れるか?」となると、それはありえないんですよね。
野球のバッターで10割バッターっていないじゃないですか?3割当たれば良い方なんですよね。
その3割をなるベく高める努力は当たり前にするんですけど、ヒット商品となれば10個作っても3個あるかないかぐらいなんです。
その中で「弊社に頼むと売れる。」という理由は、絵を書くデザイナーではなくて、『町医者』みたいな捉え方をしているからなんです。
例えば、お客様が「こういう商品をウチで作ってるんだけど、売れなくて困っている。どうにかしてくれないか?」と、言われるとします。
「まずは検証をしましょう。」と、実際にそれを見た時に、「ビンの形が良くないんじゃないですか?」「売場の販促物が足りないんじゃないですか?」等、その辺を一緒になって見ていく町医者であり、コンサルタントでもあると思うんですよね。
お店の入り人数や、来場者数、毎月の平均的な売上、店舗の維持費、人件費、その他の様々なコストまで考えて、お客様と接してます。
そうすると、ある日、弊社に試作商品を持ってきて、「食べてみて。どっちがいいかな?」と言ってきてくれる人がいるんですよ。
「コッチがいいけど、もうちょっとゴマ入れた方がいいんじゃないですか?」と、言うと「わかった。入れてみよう!」と、いうやりとりがあったりします。(笑)
本当に『経済効果を与える』という事と、『町医者の様に、売れない原因を治す』という部分を大事に仕事をしています。
売れるデザインのコツとかってあったりするんですか?
今の流通の中で、お客様が買う前にまずバイヤーさんの目に止まらないと、棚にも並べられないんですよ。
だからまずは、『バイヤー受け』して、『お客様受け』しないといけないんですよ。
でも、『バイヤー受け』と、『お客様受け』って違うんですよ。
『バイヤー受け』は、やはり変わった物を欲しがるんです。けど変わった物って売れないんですよね。
例えばある商品で、プレーン味、ブルーベリー味、ストロベリー味があった時に、プレーンが一番出ますよね?
でも、それじゃバイヤーさんが納得しないわけじゃないですか。「じゃあ、3つ一緒に出しましょう。」と、提案するんです。
棚に並んだ時に、ひとつの商品しかない時って、他の商品と勝負になった時にキツイんですよね。でも、3つあるとペースが広がるんですよ。そうする事によって視覚性が広がるのと、お客様も選ぶ事が出来るので、そうなると売れる確率を上げる事が出来るんです。
その代わり、売れない物も出てくるので、リスクも考えないといけないんですが、売れない物は、逆に言うと『期間限定』みたいな商品にして、旬の素材と変えていく事で、定番と脇役を作ってあげるとか。
ここまで来ると、コンサルタントになってきますよね。
きちんと計算されてるんですね。今まで綿貫さんはどんな経験されてきたんですか?
初めての社会人は日産自動車株式会社でした。
高校が鶴崎工業の産業デザイン科だったんですけど、日産のデザイン本部に入ろうとするとかなり難しいのですが、たまたま僕の一個上の先輩が、学年トップの成績で入ってたんです。
そこから初めて日産から高校に求人が来る様になって、全く車に興味もなかったですし、知らなかったんですけど、「1回入ってみるのも、面白いのかも。」という気持ちで入ったんです。
今になってわかる事なんですけど、日産って大卒、専門卒、高卒をいつも採用するんですよね。
その中で一番伸び率が高いのが、高卒なんです。同時に辞める率も高いらしいのですが。
大卒がある程度、一定の水準を満たしており、専門卒は、中途半端に知識があって、我が強い方が多いらしいんですが、残るんですよ。だから今の日産に残っている社員は、専門卒が多いらしいです。
僕の先輩後輩は、デザイン本部の中でもトップになっているんですけど、以前からいた主任とかは逆に降格されていて、仕事が出来ないと降ろされる厳しい業界ですね。
私が一番最初に携わったのが、『セフィーロの泥除け』だけですね。その後にステージアという車の4分の1の「先行モデル」という物を4台作って、方向性を決めます。
その中で決まった物を「提案モデル」といって、実際の大きさで、クレイという粘土を使って2つ作ります。その中で絞って、「玉製モデル」といって、どんどん熟成させていくんです。最後に決まった後に、計測して、型をとって、FRPで作って、外に出して光の当たり方を見るんです。すると、雑誌のヘリコプターがよく撮影しに来ます。(笑)
かなりの機密情報を取り扱ってたので、自分が何の仕事をしているのか家族にも言えなかったですしね。
日産では、好きじゃなかったのですが、いろいろと勉強させられるんですよ。
作業をどれだけ短縮できるか?というのを、常に考える様に言われていて、それが頭に入っているので、まず書くのではなくて頭の中で作っちゃうんですよね。
『立体』をデザインとして見ていたので、「丸い玉3つをパッケージして。」と言われたら、頭の中でどういう箱で、ラベルで、袋で。と考えた物を、360度グルグルと自由に動かせるんです。
普通の人は、考えた物を絵で書いた物が頭に出てくると思うんですけど、私の場合、頭でそれが立体で動かせるんです。
それは途中まで、みんな出来ると思っていたのですが、どうやら中々出来ないみたいで(笑)それは日産で培われた技術と思っていますね。
−−日産自動車株式会社の退職後のストーリー
仕事をしていく中で、自分が最後まで出来る仕事がしたくなったんです。
元々グラフィックとか、マークのデザインなどをしたかった事もあり、日産に5年程勤めて思い切って辞めました。
大分に戻ってきて学校に行ったら、ノックス株式会社に出会えて入社したんです。
そこでも大変良くして頂いて、1ヶ月程、久留米の印刷会社に研修に行かせてもらい、そこは箱を作る会社だったんですよね。
最初は全く意味がわからなかったんですよ。色の仕組みや、紙の加工方法の仕組みとか。
印刷技術はそこで全部学びましたね。
それから次は、デザイン会社に研修に行かせてもらい、代表の方がデザイン業界でも結構有名な方で、大手起業の仕事ばかり来る会社だったんですね。
そこにも1ヶ月いました。
最初は誰かの作業を見て学んでいたんですが、2週間位して文字の書き方・作り方、デザインの考え方・目指す夢を持って仕事する方法という物を教えてもらい、ここでもものすごく良い経験をさせてもらいました。
皆さん、レベルの高い仕事をされてたので、本当に勉強になりましたね。
そこから今の「hassh.in」の想いはどんな形でスタートされたのですか?
会社の営業が取ってきてくれた仕事や、自分のお客様の仕事をするんですが、お客様に「この前のデザインどうなりましたか?売れましたか?」と聞くと、「売れなかったから辞めたんですよ。」と言うような話があったりして、「何故、辞める前に行ってくれないのかな?」と思って、その部分も改善できる町医者みたいなデザイナーになろうと思ったんです。
これは最近思い始めたのですが、今まで仕事をしてきて10数年『点』で仕事をやってたんです。色んな方やいろんな場所に『点』を置いてきてたんですよ。
最近その『点』が人を通じて、結ばれだしてきたんです。そこが結ばると、全てが繋がり出してきたんですよね。
今までは下準備をしていた状態で、やっと自分の土俵が出来てきたのかな?と思うんです。それが今まで仕事を教えてくれた方々、お世話になった方々に恩返しが出来る様にもなって来るのかな?と思いますね。
−−自分で作った物は最後まで、責任をもつ!
自分自身でお客様を持って、会話をしてて相手が信頼してくれた時に仕事って成立するじゃないですか?
「こんな物、作っている所ないかな?」や「こういう素材を探している。」などをよく聞く様になり、それってお互いに結ばる事って中々ないじゃないですか?
そこを結んであげる事によって、一つの素晴らしい物が出来上がるんです。
そもそも土俵が揃ったから、そういう事が出来だしたと思うんです。それがないのに売れるデザインって絶対にないんです。
デザインの面だけではなく、中の深い部分までを、みんなで一つの商品を昇華させていくので、売れるデザインになると思っています。
「自分で作った物は最後まで、責任をもつ!やりっぱなしにしない。」という事が、大事だと考えています。
大事な事ですね。取り組まれていて、楽しい事を教えてもらえますか?
人と人がつながっていく所と、後はやっぱりお客様から「売れたよ!」「儲かったよ!」「頼んでよかった!」って言ってもらえるのが嬉しいですね。
新規でデザイン依頼するのに、普通どんなデザインするのか、わからないじゃないですか?紹介等で、一緒にお仕事させてもらう業者様も多いんですが、そんな中資料を見てもらって、任せてくれる方もいらっしゃたりするんですよ。
逆に全部、任せられるってプレッシャーになったりしませんか?
そのプレッシャーは乗り越えていかないと、次には進めないと思ってます。
ある人に言われたんですが、「楽な道と、キツイ道があったら、キツイ道を選べ。じゃないと、壁はいつまでたっても乗り越えられない。」と教えてもらって、それからは、自分が「嫌だ!」と思ったらそっちを選ぶ様にしてるんですよ。
「嫌と思ったらやる!」というのは僕のルールですね。
非常に勉強になります!綿貫さんの今の目標や夢は何ですか?
目標は、大分県の商品の引き上げですね。デザインや中身のレベルの引き上げですね。
一番の元でもある、生産者さんが作る物の底上げです。大分のブランド発信だったりですね。
大分のブランドショップって東京くらいにしかないじゃないですか?
他の地域に大分の良い物を紹介していきたいのに、場所がないんですよね。
もっともっと、生産者さんが作った高いレベルの物が出て行く仕組みを作りたいんです。
今、大分の原料は東京で発信出来てますが、加工した物は発信できてないんです。
そういった方々にも、もっと儲けてもらえるような仕組みを作っていきたいですね。
最後に綿貫さんの原動力を教えてください。
お客様の『喜び』ですね。
それが何なのかお客様それぞれなのですが、『笑顔』だったり、『満足』が原動力になります。
そこは私の存在意義でもありますし、そこがないと原動力にはなりませんからね。(笑)
後は、問題点が多い仕事程、めちゃくちゃ燃えますね!(笑)
綿貫さん、実は前回のインタビューさせて頂いた神谷さんから、質問がありますので、お答えください!
—Q.神谷さん:「家庭には、大体何時間くらい滞在されていますか?」
—A.綿貫さん:「たまに仕事ばかりの日もありますが、夜の20時や21時頃には、ちゃんと家にいますよ!(笑)」
売れるデザインのみならず、その人のアツい想いや、願いを前面に広告し、『デザイン』という言葉の枠を飛び出して、大活躍される綿貫さんでした!
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